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第一回 ●ニューハーフ●

2015年10月13日
Newhalf

何時からだろうか、ニューハーフという言葉が完全に市民権を得たって言うか、

誰もが当たり前のようにニューハーフってそう呼ぶようになったのは・・・

今から思えば、誰が何の為に・・・?と言う気持ちは否めない。

あの頃、当時多発的に大きなプロジェクト的なものが有ったのかもしれない。

当時は(1980年代)、シスターボーイとかブルーボーイって言われてた時代が終わりつつあり、ゲイボーイって言う名称が幅をきかせてた。

オカマや男女(おとこおんな)って言葉を忌み嫌い不快感を覚える当事者達は自分達をゲイボーイと言っていた。

当時のゲイボーイ達が働くゲイバーで遊びなれてたお客様のほんの一部の方が気を使って呼んでる程度の認知度だった。

ゲイやボーイと言う男性を想像させる言葉入っててもオカマや男女とは違い当事者以外の方達が差別的意図が全く無いので受け入れたのだと思います。

そんな時代に、私の記憶なので定かではないが、1980年代前半と記憶している。

東京では六本木駅に『六本木美人』と書かれた松原留美子さんの大きなポスターが張り出され、一方大阪では天才ミュージシャン桑田佳祐氏がベティーさんに『I LOVE  YOUは独り言』と言うタイトルの曲を提供し、日本国中のゲイバーで歌われ関西では大ヒットした。

関西ほどではないが東京でもそれなりにヒットし始めた頃、放送禁止曲に指定された。

桑田氏本人から直接聞いた話では、この事態に桑田氏自身が女装し原宿を抗議の為のデモ行進したと聞きました。

ベティーさんと逢って日本人離れした顔を見て桑田氏が『ベティーってハーフなの?』と聞いた処、ベティーさんが毎度お馴染みの当時のゲイボーイ達のテッパンギャグっていうのかしら?当たり前の様に皆が言っていたネタで『そうよ、男と女のハーフよ。』と切り返した。

それを聞いて、桑田氏が『それって新しいタイプのハーフだね。』・・・

そう、桑田氏が言った新しいハーフだね。がニューハーフとなったらしいです。

東京の松原留美子さんの『六本木美人』、関西のベティーさんに『I LOVE  YOUは独り言』この二つの出来事は週刊誌にも大きく取り上げられた。

松原留美子さんは、角川映画にも出演したりタレント活動もしていた。

ベティーさんに『I LOVE  YOUは独り言』は流石日本を代表する世界的天才ミュージシャンがネーミングし、プロデュースした曲と『ニューハーフ』は生き残り関西から火が付き、日本国中に広がり認知され市民権も得たのである。

『ニューハーフ』という言葉が定着した背景には大阪のショーパブで働く皆さんの貢献も有りました。

彼女達はショータイムに[私達はニューハーフよ!オカマじゃないわ~ぁ]という決めセリフを関西で流行らせた。

私は、1980年代当時多発的に取り上げられスポットを浴びる事になったこれらの出来事には何か大きな力や組織が企んだプロジェクトだったのか?

それとも自然自発的に起きた出来事だったのかは解らない。

この事はとても興味深いので何時か又取り上げたい。

いずれにしても、オカマや男女という言い方に違和感や嫌悪感を感じていた事やゲイやボーイといった男性を想像させる単語が無く差別的な意味合いの無い『ニューハーフ』は受け入れられたのだと思います。

それを裏付けるかのように、[Mr・レディー]って言い方はいつしか聞かなくなった。

きっと、当事者にとっては、軽蔑や差別的な意味合いのある言い方、女とは違うけど男性という枠では絶対居たくないという無意識の気持ちの表れではないだろうか?

これからもその時代に相応しい当事者達の気持ちを的確に表す新しい言葉が生まれるのか?それともこのまま『ニューハーフ』という言葉が定着し続けるのだろうか?

万が一新しい言葉が出来たとしたらこれまでのどの言葉より定着が早く廃れるのも早いのだろう。

ネットという文明が容易に広げ定着させるのだろう。

そう思うとネットという文明が当たり前じゃなかった時代に『ニューハーフ』迄持ち込んだ先人達に敬意を表せざるを得ない。

そして、身を削ってメディアに露出して今の生き易い世の中にしてくれた有名人著名人、タレント業のオネェと呼ばれる全ての方やその人達を応援してくれた全ての方に感謝の気持ちを禁じえない。