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第2回●ニューハーフって呼ばれる事と意義●

2015年10月29日
Newhalf

第一回では何時からニューハーフって呼ばれるようになったかについて書きましたが、今回はニューハーフって呼ばれる事の当事者の気持ちについてお話します。

今もニューハーフ以外の呼び方や名称は有ります。

呼び方や名称って呼ばれる側どんな気持ちで受け取るか?

同時に言う側の気持ちがどうなのか?

によって意味合いは変わりますが、その言葉に既に差別的意味合いが含まれてしまってたり、蔑視された過去の思いが蘇ってきたり・・・

例えば、オカマって言葉には既に過去の忌まわしい意味合や蔑視されてた差別的意味が含まれてしまっているので例えその言葉の後に気を使って『さん』とか『ちゃん』を付けられても、気を使ってくれてる事は分かっても何故か気持ちが沈んでしまいます。

なので、当事者は『オカマ』って言葉を嫌がります。

中には気にしないと強がったり、あえて自分でそう言ってウケを狙ったり、一般的には分かり易いからという理由、当事者が言う分には良いとか、当事者だから言える理屈で言ってる人は居ます。

勿論大人だし、周りの空気をよんで口や態度に出す事はしませんけど自虐的で、哀れで、寂しい気持ちは否めません。

誰もが、手放しで喜んで聞ける言葉ではないからです。

気を使って下さいと言うつもりは全くありませんが、あえて相手が傷つく言葉を選ぶ必要ってあるのでしょうか?

勿論、その言葉以外の言葉がないのなら仕方ないけれど、30年もの歳月をかけてニューハーフって言葉が市民権を得て、誰もが知ってる言葉になっているのだから出来ればニューハーフで良いのではないのでしょうか?

ひょっとしたらニューハーフという言葉も蔑視、差別敵気持ちや意味を含まれるようになったら数十年後には『オカマ』と同じ事になるのかもしれません。

世の中の経済レベルが上がり、衣食足りる度に人の意識は高くなってます。

その度に、人の心から差別的要素のある言葉は公の場では使わない、言わないようになってます。

心に余裕のない方、衣食足りてない方にお願いするつもりはありません。

せめて心に余裕が有り、他人に不快な気持ちはなるべく与えないようにしている方にお願いです。

『オカマ』って言わないで~ぇね。

そして、当事者の私達も蔑視されてたり差別されない生き方をしなくてはならない事は勿論の事です。

次回はそう言う生き方ってどんな生き方だろうと言うテーマについて考えます。